美濃 明知城周辺

戦国 その他
06 /18 2017
美濃明知城の周辺には、明智光秀ゆかりの史跡がいくつか残されています。

「明智光秀産湯の井戸」
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明知城から少し離れた、千畳敷砦跡にあります。

看板によると
「伝承によれば明智家十一代光秀は、大永六年(一五二六)三月十日ここで生まれた。当時千畳敷には明知城があったといわれ、この井戸が「光秀産湯の井戸」といわれている。」 とのこと。

本当に伝承があったのかわかりませんが、とりあえず旧明智城の井戸なのでしょう。

もう一つ。

「お牧の方の墓」
明智光秀の母だそうで、明知城の麓にあります。
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英語の看板まで立っています。そこまで観光化されているのがすごいです。
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"My enemy is at Honnoji"
なるほど、こう言うのか。

こちらは日本語。
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ここはコンテンツのわりにやたらと石碑が多いです。
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で、これがお牧の方。
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この辺りには大正村、という観光施設があり、その看板がそのまま明智関連史跡にも使われています。
内容はともかく、地元の努力で整備されているのはありがたいことです。

明知町、頑張っている感じがします。
ただ、もう少し無理のない、戦国関連の史跡が残っていればよかったのでしょうね。
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「花戦さ」 池坊

戦国京都
06 /11 2017
映画「花戦さ」を観てきました。

映画の中で、池坊の頂法寺は京の庶民に愛される存在として描かれていました。
公家の町上京に対して、頂法寺六角堂のある下京は当時は庶民の町でした。

今も烏丸の街中で健在です。
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六角堂
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当時の池坊はどうだったのでしょう。ちょっと調べてみました。
『信長記』や「信長文書の研究」には出てきませんでした。
が、現在刊行中の「豊臣秀吉文書集」には載ってました。
天正十三年(1756号文書)の領地安堵状です。
さらに文禄三年十月の秀吉の上杉邸御成では、池坊が花を立てたとの記事がありました(「上越市史」(3629号)。
『言継卿記』や『島津家文書』にも出てきます。
やはり立花の名士として知られていたようです。

もう少し、調べてみようかな

華道そのものについては、まったく知識がなかったのですが。
飛び跳ねるような水仙、桜の枝に咲く野花
映画だからかもしれませんが、面白いと思いました。
巨大な松を接ぎ木して描きだすなど、男性的な迫力があります
劇中で、中井貴一扮する織田信長が、「茶と花ぐらい理解しておけ」的なセリフを言いますが、まさにその通りですね。
実物を観てみたいものです。

「花戦さ」はこちら

境目の城 美濃明知城

戦国 その他
06 /04 2017
明知城、遠山氏の城です。

龍護寺の向いから登っていきます。
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ところどころに遺構の案内板が設置されています。
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枡形虎口
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曲輪跡
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標高530mとのことですが、さほど急な登りではありませんでした。
15分ほどで、山頂の本丸に着きます。
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石垣跡の看板が出ていましたが、石垣はほとんど残っていません。
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ここは武田・織田の争点となった境目の城です。

「正月廿七日、武田四郎勝頼岩村へ相働き、
明智の城取巻くの由注進候。則、後詰として、二月朔日、先陣尾州・濃州両国の御人数出ださる。
・・・・
城中にてい丶ばさま右衛門謀叛候て、既に落居是非に及ばず」 (『信長記』 天正二年条)

このような山あいの里ながら、境目であることが、静謐を許さなかったのでしょう。

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美濃明智 龍護寺

戦国 その他
05 /28 2017
少し前ですが、GWに美濃東部に行ってきました。

今回紹介するのは、恵那市明智町の龍護寺です。

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山門の手前、右側に祠があります。
明智光秀の霊廟だそうです。

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明智光秀出生地碑
光秀の出身地は諸説ありますが、それぞれ地元では顕彰されているのですね。
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本堂
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ここは東濃に勢力をふるった遠山氏の菩提寺でもあります。
本堂の左側を進むと、明智遠山氏の墓所があります。

歴代当主の墓が並んでいます。
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初代景行の墓
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境目の国衆、遠山一族は、静かな山あいながら、織田と武田という大国間の勢力争いに飲み込まれながらも、それを乗り切っていったのですね。
今の大河ドラマの井伊氏に通じるものがありますね。

京都国立博物館 海北友松展

戦国京都
05 /21 2017
先週に引き続き、展示会ネタです。
京都国立博物館でやっている「海北友松展」に行ってきました。

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「開館120周年記念特別展覧会」というだけあって、すごく力の入った展覧会でした。

京都国立博物館では、よく常設展示を一部残した形で、特別展示を行いますが、今回は1Fの仏像エリア以外のすべてのスペースを本展に使用していました。
それだけに見応えも十分。

狩野一門だった初期の作品から、晩年の作品まで、変遷をたどる形で進んでいきます。
作風の変化も興味深く観られます。

友松の交友関係についても触れられ、本能寺の変時の有名な斎藤利三の首を奪ったエピソードも紹介されています。
石谷家文書から空然宛斎藤利三書状も展示されていました。

特に見どころは後半、1Fエリアです。

雲龍づくしの部屋。
ゆったりとした表情の龍や、怒れる龍など、表情の微妙な違いも楽しいのですが、その背景もまた素晴らしい。
怒れる表情の龍図では、墨が垂れた跡が荒々しい雰囲気を感じました。

そして最後が「月下渓流図屏風」
まさに空間と滲みの極致。
静かな情景が素晴らしすぎます。

最後の2部屋は、照明を落とす演出が憎いですね。

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絵は素人ですが、本当に素晴らしかった。
会場を出てしばらく、頭の中はモノトーンでした。

残念ながら、本日までです。こんな展示会はしばらくないだろうなあ・・・・
海北友松

湖西堂

湖国近江(滋賀県)の湖西に住むイチ歴史ファン。戦国時代、特に織田信長に惹かれます。最近のマイブームは史蹟巡りです。京都や滋賀は史蹟の宝庫ですね。

興味のあること
主に織田信長と戦国時代。ちょっとだけ坂本龍馬と幕末維新。